21高裁における審理の実情ころが、この明渡請求は法的には充分根拠のあるものです。土地の貸借には地代を支払う場合と無償で借りる場合がありますが、地代を支払う場合は建物所有者は借地権を取得し、借地借家法で30年、さらには期間更新ということで強固な権利が認められていますが、無償で借りている場合は、使用貸借権といういわば弱い占有権限しか認められないのです。長男は、父親が死亡した時点で、父親が会社に好意で無償で貸していた使用貸借権は消滅したという理屈で土地の明け渡しを求めてきたのです。確かに、民法には「貸主は、貸した目的に従い借主が使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときには、契約を加除できる。当事者が使用貸借の期間及び収益の目的を定めなかったときは、貸主は、何時でも契約の解除をすることができる」と定めてあります。社屋ビルを建築した当時社長だった父親は自分の土地の上に自分の会社のビルを作るのだから何の問題はないという認識で、契約書などは作成していません。この民法の規定を当てはめますと、借主側に不利な状況です。私は、未だ、借主が使用及び収益をするのに足りる期間は経過していない、という主張をしましたが、地裁判決は、建物が建設されてから30年以上経過しているから期間は経過したという判断で、土地明け渡しを命じる判決を言い渡しました。高裁では、地裁判決に従えば、会社が倒産する、多くの社員が路頭に迷うといったいわば泣き落とし戦術しか思いつきませんでしたので、高裁判決が出るまでは本当に心配しました。結果は、会社は盛業中であり、使用貸借権は未だ継続しているから、明渡請求は棄却するという逆転勝訴判決でした。社長も私も心底ほっとした次第でした。私が思いますに、地裁の判事は任官10年くらいの若い方で、法律を厳格に解釈すべきだという立場に立ち、高裁の裁判長は、60歳を過ぎた方で、法律論の前に常識論、ことの結果のバランスといったことを重視したのかという感想を持ちました。最後にご紹介しますのは、地裁判事のなかには独善的で困った方もいるという話です。ある企業が子会社の一つをM&Aで他社へ、従業員雇用は保証するという条件で売却しまして、親会社の社長が100%持っていた株式の売却代金を数千万円取得しました。ところが、譲渡先の経営者と子会社の従前からの社員との仲が険悪となり、半年もしないうちにこのM&Aは、合意解約して子会社は元の会社の傘下に戻ることになりました。譲渡先の経営者は譲渡元の社長に対し、株式売却代金の全額返還を請求してきました。譲渡元の社長は、株式の売却によって得た利益について支払った消費税、所得税・住民税を差し引いたうえで残金を返すと主張しました。私は、譲渡元社長の代理人でしたが、私からすれば、支払いを受けた譲渡代金は不当利得になりますから返還するとしても、不当利得法で「受益者は、その利益の存する限度においてこれを返還する義務を負う」と定めているのですから、支払い済みの税金等を差し引いた現存利益を返還するのが法律で定めているところでしょうということを、判例や学説・文献を多数引用して主張しました。私の方の主張が認められるのは当然だと思っていましたところ、地裁判決は「裁判所の判断と課税当局の判断に相違が生じることはあり得る」という訳の分からない理由で、売買代金全額の返還を命じる判決を言い渡しました。私の依頼者である譲渡元の社長からすれば、二重払いということになり納得できないものでした。高裁の審理は比較的スムーズに当方への課税分等は差し引いて返還すべきだという主張を認めてくれました。今でも、この地裁判事の判断にはそもそも能力的に問題があったのではないかと言いたくなる気持ちが無いわけではありません。このように高裁で、地裁判決が逆転した経験はまだまだ多数ありますが、紙数の関係で今回はここまでとします。硬いイメージのある高裁の審理が意外と柔軟なところがあることがお分かりいただけたかと思います。それにしましても、何年経験しても裁判は難しい、法律は分からないなという私の実感は深まるばかりです。
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