9勤務環境改善は経営上の喫緊の課題/医療事故と刑事裁判講演報告11.はじめに血液製剤を投与された血友病患者がエイズに罹患して死亡したことで刑事責任を問われた安部英医師の事件がある。私はこの刑事裁判の弁護人として捜査段階から終了まで関与した。この事件の判決は、その後の医師の過失の判断基準に大きな影響を与えることとなった、と思う。安部医師は、患者を死亡させないような治療方針を樹立すべきであったとして業務上過失致死罪で起訴されたのだが、医師が刑事事件に巻き込まれることは珍しいことではない。治療行為により、死亡や重大な後遺症が生じた場合が最も典型的であるが、それ以外にも、私の経験の範囲でも、研究費の申請に問題があったとか、不必要な保険請求をしたとして詐欺罪に問われた事件、あるいは診断書の記載に問題があるとして虚偽診断書作成罪に問われた事件などがある。そこで、まず、刑事裁判の構造について若干触れておきたい。2.刑事事件と捜査刑事事件の多くは、まず警察が手がける。しかし、特捜部事案など一部の事件は、いきなり検察が主導で捜査が始まる。捜査の方法としては、自宅や事務所に乗り込んできて、関係のありそうなものを根こそぎ持って行く捜索・押収から始まることが多い。次いで、関係者を片端から呼び出して聴取し、それを供述調書の形でまとめていく。警察・検察は、捜索押収以外にも、任意提出などの形でさまざまの資料を集めていく。その上で、ターゲットの人物を逮捕し勾留して自白を迫るのである。勾留期間は最長20日間と決められているので、自白を取るにはこの20日間が勝負の時となる。ところで、関係者あるいは被疑者として取り調べを受けるときには、思っていることをありのままに話せばいいのかとか、正直に話せば分かってもらって放免されるのか、という質問を受けることがある。簡単な問題ではない。警察・検察は、一定の予断すなわち事件についてのストーリーを描いた上で、それに沿う証拠作りをしようとすることが多い。従って、それに沿う話は聞き入れてくれるが、異なる話をすれば、嘘をついているだろうとして、厳しく追及されることになる。供述調書は、警察官・検察官の作文なので、曖昧なことを断定的な言い方にされたり、言いたいことを取り入れてくれなかったりして、実際の自分の供述とかなり異なるものになる結果が多い。それでも、調書とはそういうものだとして強引にサインを迫られることが多い。被疑者の場合には、内容が不利益な供述調書にサインしてしまうと、自白調書として、裁判で致命的な証拠になる危険がある。憲法では黙秘権が保障されているが、そのことの重要性を再認識する必要がある。なお、現在は取り調べ状況の録音録画が行われるようになったが、これはほんの一部の事件に限られており、またその一部の事件でも一部の局面でしかない。ともかく、被疑者としての取り調べを受けるようになった場合には絶対に、また、関係者として取り調べを受ける場合でもできれば、信頼できる弁護士に相談するべきである。3.刑事事件と裁判検察官に起訴されると刑事裁判となる。公開の法廷で検察官と弁護人・被告人とが左右に向かい合って対峙し、中央の一段と高いところに法服をまとった裁判官が座る。検察官が起訴状を朗読し、被告人及び弁護人が認める・認めない、あるいはどの点を争うのかなどの意見陳述を行い、その後、証拠調べに移る。最初に冒頭陳述として、弁護士 弘中 惇一郞医療事故と刑事裁判
元のページ ../index.html#9