鹿児島県医療法人協会会報 56号
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184 カスハラ対策導入の法的な意味付け酷いカスハラ状態に職員をさらすこと、または、一旦酷いカスハラ状態にさらされたにもかかわらずその職員へのその後の保護措置(たとえば、職場配置の転換)を何ら取らなかった場合、事業主は「安全配慮義務違反」だと訴えられることも多い。法律上は、労働契約法第5条(安全配慮義務)では、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と定められているし、労働安全衛生法第3条第1項(事業者等の責務)では、「事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。また、事業者は、国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力するようにしなければならない。」と定められている。とは言え、「安全配慮義務違反」で裁判に訴えるのは、現実的にはハードルが高いし、そもそも判決で勝訴にこぎ着けるまで大変である。このようなところに、カスハラ対策が導入されたとしたならば、安全配慮のため、事業主に措置義務が課せられるものだと言えよう。つまり、実体法的な安全配慮義務を前提として、その実現のために、可及的な手続的規制を導入するものだと言ってもよいのである。したがって、各医療機関としては、そのような手続的な内部調査・カスハラ(不)認定とそれを踏まえた措置義務を、自主的に自らに課した方がよいと決断すべきかどうか、適切に熟慮しなければならないことと思う。5 カスハラ・クレームの定義・具体例など(以降、本稿は、2022年2月のカスタマーハラスメント対策企業マニュアル作成事業検討委員会、令和3年度厚生労働省委託事業、東京海上ディーアール株式会社受託、厚生労働省作成の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」より抜粋し、医療機関用にアレンジしたものである。)(1)カスタマーハラスメントの定義医療機関のカスタマーハラスメントを定義したとすると、次のようになるであろう。 「患者・家族等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、医療機関職員の就業環境が害されるもの」・「患者・家族等」には、実際に医療を受けた者だけでなく、今後受ける可能性がある潜在的な患者・家族等も含む。・「当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして・・・社会通念上不相当なもの」とは、患者・家族等の要求の内容が妥当かどうか、当該クレーム・言動の手段・態様が「社会通念上不相当」であるかどうかを総合的に勘案して判断すべきという趣旨である。・患者・家族等の要求の内容が著しく妥当性を欠く場合には、その実現のための手段・態様がどのようなものであっても、社会通念上不相当とされる可能性が高くなると考えられよう。他方、患者・家族等の要求の内容に妥当性がある場合であっても、その実現のための手段・態様の悪質性が高い場合は、社会通念上不相当とされることがあると考えられる。・「医療機関職員の就業環境が害される」とは、医療機関職員が、人格や尊厳を侵害する言動により身体的・精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったために能力の発揮に重大な悪影響が生じる等の当該職員が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指す。

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